『 風 ― (2) ― 』
ガタガタ ・・・ ガヤガヤ 〜〜〜
お弁当、 買いにゆきま〜す〜〜
あ 頼むぅ〜〜 俺も 俺も〜〜
一日中賑やかな編集部の昼休みは ことさら騒々しい。
アルバイトのジョーも 仕出し屋さんが運んできてくれたお弁当のケースを
ひとまとめにして 片していた。
「 どう 写真修業? 」
「 あ アンドウ チーフ・・・ えへ なんとか ・・・ 」
チーフ女史 が お茶を淹れに給湯室にやってきた。
「 カメラ・スクール 面白いかな 」
「 はい! ものすご〜〜く ! 手動カメラつかって実習して
現像とかもやってます 」
「 へえ〜〜 よかったじゃん? なにか撮った? 」
「 え はい 練習で沢山・・・ 全部は現像しませんけど 」
「 そりゃま ね 現像したやつ、 見せてくれる? 」
「 あ ・・・ 上手くないっすけど 」
「 いい いい 島ちゃんの作品 みたい〜〜
どんな風なの、撮るのかな〜〜
」
「 えへ それじゃ これ・・・ えへへ 自分的には気に入ってて 」
「 ・・・ ふうん? 」
ジョーが こそ・・・っと出した写真を チーフ女史はしげしげと眺め
目的不明 と 評したのだった。
「 ・・・ 」
「 カメラ・ワーク 上手くなったね〜〜
ま 次は 君自身の目線 を決めることだわさ。 」
「 ぼくの 目線 ・・? 」
「 そ。 島ちゃんだけの 島ちゃん独自の見方 ってことかな 」
「 独自の目線 ・・・ 」
「 ま カワイイけどね〜〜 これ。 あのカノジョでしょ? 」
「 あ は ええ ・・・ 」
「 ちゃんと オツキアイ してる? 」
「 ・・・ えっと〜〜〜 まだ そのう・・・
カノジョ・予定 ・・・ で ・・・ 」
「 あは? ま〜〜 頑張ってくれたまえ〜〜 青少年〜
あ 午後ね 編集会議だから。 飲み物たのむ 」
「 あ 麦茶とウーロン茶、冷えてます。 熱いのも、いります? 」
「 お〜〜〜 サンキュ。 いや 冷たいのだけでいいよ。
編集長はマイ・ボトルのヒトだしね 」
「 はい。 一応グラスはだします 」
「 頼むね〜〜 さっすが☆ 若いのにさ〜 気がきくよね〜 」
「 あは ・・・ あ 準備開始します。 」
「 よろしく〜〜〜 」
ジョーは 給湯室にある冷蔵庫の中を確認し始めた。
「 ふん ・・・いいコだねえ 」
「 あ 編集長〜〜 」
アンドウ女史の後ろに のそり、とクマさんみたいな中年が現れた。
「 チーフ? あのコ・・・ ウチに来てくれないかね 」
「 島ちゃんですか? あ〜〜 どうかな〜〜
なんかやりたいコト とかあるかもしれないし 」
「 雑用係にしとくの、勿体ないぞ。 俺のカンだけど
あのコは なんか面白い感覚を持っていそうだ なあ 」
「 面白い感覚 ・・・?
」
「 ああ。 鍛えれば いい編集者になるかも だな 」
「 ふ〜ん ・・・ 鍛え甲斐がある かも? 」
「 ん〜 なんかコチンとした芯を持ってるな 彼。 」
「 そうですねえ ただの優しいコだけじゃないっぽい。
すっご〜〜く美人のカノジョ いや カノジョにしたいコがいるみたいで 」
「 ふ〜〜〜ん いいじゃないか〜 」
「 総務の補佐以外のことも やってもらってますよ 」
「 うん うん ・・・ この仕事に興味もってくれないかなあ 」
「 まんざらでもないっぽいかな ちょっと押してみます 」
「 あ〜 頼むよ ウチもちょいと新しい風が欲しいしね 」
「 ですね ・・・ あ 午後からの会議〜〜
ちゃんと起きててくださいよ 部長〜〜 」
「 あ は ・・・ 」
「 アンドウ・チーフ、 飲み物の準備 オッケーですよ
あ 編集長さん 」
「 おう シマムラくん〜 準備 ご苦労さん 」
「 あは 冷たいグラスも 用意してますよ〜 」
「 お 気が利くねえ 〜 」
「 あ 会議室、見てきます〜 」
ジョーは ぱたぱた階段を降りていった。
「 ウン 気に入った 」
「 ですね 」
編集長とチーフは にんまり〜〜 顔を見合わせるのだった。
カチャ ・・・ キュ。
ジョーは 布巾を手に会議室を見回した。
「 ・・・ 準備完了〜っと。 あとは飲み物を運ぶだけだな 」
目的 かあ 〜〜 ・・・
こそっとポケットから写真を取りだし、改めて眺める。
う〜〜ん ・・ 独自の目線 ・・・か。
一応 外に発表するの、目指してるから
自分だけの世界 じゃ 意味ないしなあ〜
・・・ う〜〜〜ん ・・・
「 ・・・ なにを撮りたいか いや なにを発表したいか だな
フランの空気の精 ・・・ 空気 を 撮ってみたいんだけど 」
ジョーは 会議室の窓から都会に空を眺めた。
ふうん ・・・?
この辺りの空は ウチの方とは色が違うんだな
・・・ 色 かあ ・・・
空気の 色 ・・?
「 ・・・ いい かも ・・・ 」
ガチャリ。 会議室のドアが開いた。
「 お〜〜 島ちゃん、ご苦労さん。 ミーティング 始めるよ 」
パタパタ ガタガタ 編集部員たちが集まってきた。
「 はい。 今 飲み物、運びます。 」
ジョーは た・・・っと給湯室へ飛んでいった。
― さて 同じ頃。 バレエ団のスタジオでは
♪♪♪ 〜〜〜 ♪♪♪ 〜〜〜^
ワルツの音色にのって < 空気の精 > が 踊る。
空気の精 なのよ ・・・ 軽く かるく ・・・
ワルツ なのよ ・・・ 三拍子 三拍子 ・・・
わたし 陽気な 食いしん坊の 空気の精〜〜
ニコニコ・・・ 笑顔が弾けている。
「 ・・・? 」
マダムも アシスタントの先輩も ちょっと怪訝な顔をした。
〜〜〜〜 ♪
最後の音で ダンサーはさっと ラストのポーズを決めた。
「 ・・・・ 」
「 ふうん この前よりは 軽やかになったわ ・・・ がんばったわね。
でも まあだ 空気 じゃないなあ 〜 」
「 ・・・ は はい ・・・ 」
「 なんかねえ う〜〜ん霜とか 霰 みたい。 わかる? 霜って 」
「 は はい ・・・ 」
「 固いな〜 空気よ 空気〜〜〜 かる〜いの ほわ〜〜んって。
あ ねえ なんか笑顔だったけど ? 」
「 あ あのぅ〜〜 わたしっぽい空気の精 にしたくて 」
「 え あはは そうなの?
なんで笑ってるのかな〜〜って 不思議に思ったわ。
ふ〜〜ん ・・・ まあ もうちょっと考えてみてね 」
「 は はい ・・・ 」
「 あ それから! 余計なこと、しな〜〜い。 一歩でも余計な振りは
だめよ、 決まった振りの中で その中だけで
貴女自身を表現するの。 創作じゃないんだから。 」
「 は はい ・・・ 」
「 それから ピルエット〜〜 三拍子!
なんかまだちょっと力尽くよ? ふわん ふわ〜〜〜んと
ダブルで続けてごらん 」
「 ふ ふわ〜〜ん ・・・? 」
「 この踊りの中でのピルエットなの。 普通に回れるのはわかってます。
でもね レ・シルフィード として 回って。 」
「 は はい・・・ 」
「 ま 頑張ったわね、 金属脱出かな 」
「 ・・・ そ そうですか 」
「 あはは でもね〜〜 まだ 空気の精 じゃないな 」
「 ・・・ すいません ・・・ 」
「 他のシルフィードたち、 リエもメグミも苦戦してるわよ
フランソワーズも頑張って ふふふ 期待してるわ 」
「 は はい ・・・ ありがとうございました 」
「 はい お疲れ様〜〜 」
またも落ち込んでいるフランソワーズを置いて マダムは
上機嫌で スタジオを出ていった。
は あ ・・・・
「 そんなに気にしない〜〜 」
ミストレスを務めてくれた先輩が ぽん、と肩を叩いてくれた。
「 サユリ先輩 ・・・ 」
「 あなた、どんどん変わってゆくのね〜〜 」
「 え そ そうですか? 」
「 うん。 ちょっとびっくり。 でもね 私も
すごく楽しみ〜〜 どんな レ・シル にあるのかなあ〜って 」
「 でも ・・・ 全然 らしくない って 」
「 そんな意味じゃないのよ、 マダムが言いたいのは・・・
ちゃんとね 金属から霜 になったじゃない?
もう無機物じゃないってことよ 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
「 笑顔のレ・シル も可愛いかもね〜〜 」
「 ・・・ へ ヘンですか 」
「 んん〜〜ん ・・・あなたに その理由があるなら
マダムは おっけ〜 出すと思うわよ 」
「 は はい・・・ 」
「 がんばってね フランソワーズの レ・シル、可愛いわ〜 」
先輩は に〜んまり笑ってかえっていった。
「 ありがとうございます 」
ふう 〜〜〜 ・・・・
ちょこっと前進 ・・・かあ ・・・
う〜〜ん・・・ カワイイって。
わたしの目指すトコとは ちょっと違うなあ
ため息をつき、 ― でも今日は泣かないで ― フランソワーズは
更衣室に向かった。
ザ −−−− シャワーの音がする。
「 ・・・ 誰か自習してたのかなあ ・・・ 」
汗ではりつくレオタードを脱ぎ捨てた。
ガタ ・・・ シャワー・ブース が開いた。
「 ふう〜〜 ・・・ あ フランソワーズ 」
「 ? あ リエさん 」
「 あは リハ 終わったんだ? 」
「 はい。 リエさん ・・・? 自習? 」
「 そ! ねえ 上手くいってる リハ? どう? 」
「 ・・ も〜〜 けちょんけちょんです ・・・ 」
「 え〜〜 フランソワーズでも? 」
「 そ〜ですよぉ 空気の精 にはとお〜〜いみたい ・・・ 」
「 私もよ もう 毎回 ぐだぐだ・・・ 」
リエは マズルカ を踊る。
ジャンプが多くて かなり大変な踊りなのだ。
「 リエさん 得意だと思うんですけど ・・・ 」
「 うう〜〜ん マダムがさあ 空気の精 じゃなくて
バッタみたい・・・って あ〜〜〜 もう〜〜〜 」
「 ば ばった?? ・・・ あの 虫の? 」
「 そうよぉ〜〜 張り切って跳んだのに ・・・
でもいいんだ〜 私、 陽気な レ・シル 目指す! 」
「 あ いいかも〜〜 リエさんらしい 」
「 でしょ? フランソワーズ あなたは?? 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ そうだ!
お茶目さん めざそうかな ・・・ 」
「 あ〜〜 それ いいかも〜〜 ぴったり♪ 」
「 あの ずっと自習してたんですか? 」
「 そ。 も〜〜さ〜〜 やるっきゃないって。 」
「 あ それで 陽気な空気の精? 」
「 そ〜よ〜〜 メグミもさ〜〜 苦戦してるわ 」
「 メグミさん プレリュード ですよね〜〜〜
あれって 演技力 いりますよね 」
「 そ〜よ〜〜ってか かな〜〜り思い込みが激しくないと
< なりきる > のがムズカシイかもね 」
「 そうですよね〜〜 メグミさんって ばりばり難しいテクの踊り
こなす方だもの。 」
「 そ〜そ〜 超絶技巧 みたいの、好きなのよね〜 彼女。
タンバリン・エスメ とか 黒鳥とか 」
「 すご〜〜い〜〜〜 」
「 『 レ・シル 』 は 真逆だあ〜〜ってぼやいてたわ。 」
「 メグミさんが? 」
「 そ。 なんか〜〜 今回の 『 レ・シル 』 は み〜〜んな
大苦戦って感じかもね 」
「 ・・・ 」
「 ま 悩んだってしょうがないもん、 やる! なんとかこなすわ〜〜 」
リエは ぼすん、と脱いだ衣類を袋に突っ込んだ。
「 そ そうですよね やるっきゃない かあ 」
「 合同リハまで あとちょっとね〜 がんばろ フランソワーズちゃん☆ 」
「 はい そっか チーム戦 ですよね 」
「 そうよ〜〜 女子3 + 男子1 の レ・シル・チーム 」
「 あ っは。 ・・・ わたし やるわ! 」
「 おう がんばろ〜 」
「 はい 」
髪びしょくた女子 と 汗びたびた女子 は がっちり握手をした。
チーム戦・・・!
フラン、 あんた 大得意じゃないの〜〜
ひとり じゃないのよ!
お茶目な空気の精 ・・・ やってやろうじゃないの
ふんふんふ〜〜〜ん♪ ハナウタで ショパンのノクターンを歌いつつ
フランソワーズは シャワ〜〜〜〜〜〜 するのだった。
「 た だいま〜〜〜 ね〜〜 タコ焼き 買ってきたよ〜〜 」
「 お帰りなさ〜い きゃ〜〜 なに なに?? なんかいい匂いよ? 」
フランソワーズはジョーの声に 玄関に飛んでいったが
すぐにハナをくんくん〜〜 させた。
「 たこやき♪ 美味しいんだよ〜〜 」
「 いい匂い〜〜 これはソースの匂いかしら 」
「 あたり〜〜 もう一回 温めるね〜〜
あ キッチンに持っててくれる? 頼む〜 」
「 了解♪ きゃ まん丸?? 」
「 そうだよん 大急ぎで手、洗ってくるね 」
「 ええ。 これ ・・・ チン する? 」
「 あ ぼく やる。 博士呼んどいて〜〜 」
「 了解〜〜〜 お茶、いれるわ、日本茶かな〜 博士〜〜〜
お茶にしましょ〜〜〜〜 」
ジョーは バス・ルームに、フランソワーズは キッチンに飛んでいった。
「 ほう〜〜 これがタコ焼きか 」
「 そうなんです。 熱々のうちに こう〜〜カツオ節とソースかけて・・・ 」
「 きゃ♪ ねえ まん丸だからタコ焼き なの? 」
「 え ・・・? あ この中にさ タコが入っているんだ 」
「 たこ・・・? 」
「 フランソワーズ。 オクトパスの方じゃよ、カイトではなくて ・・
お ウマいなあ〜〜〜 」
博士が 熱々を頬張りつつ助け船をだしてくれた。
「 え ・・・ あの 海に居るぐねぐね〜〜〜の タコ ・・・? 」
「 そ。 あれを茹でたぶつ切りが入ってる ・・・ はず! 」
「 ・・・ 食べられる かなあ ・・・ 」
「 あは ほんの一欠片くらいだから 平気へいき〜〜〜
ほら 熱いうちに どぞ〜〜
」
「 ・・・ は はい ・・・ ! 」
フランソワーズは 目を閉じて、 一個 ぽい、と口に放りこんだ。
「 ど? 」
「 ・・・ おいし〜〜〜〜 このソースの味、いいわあ〜〜 」
「 あ よかった♪ 」
「 ふむ ふむ ・・・ こりゃ ネギと紅ショウガの絶妙なコンビネーション
だなあ タコ・・・ タコは ・・・ あったぞ 」
「 わたし、タコがなくてもいいわ。 はふ はふ ・・・美味しい〜 」
「 おいし〜よね〜〜 駅前商店街で売っててさ ・・・
思わず買ってきちゃった。 バスの中で 他のお客さん達に
くんくん〜〜 されちゃったけど 」
「 うふふ・・・ みんなこの匂い、好きなのね 」
「 食欲をそそるもんね〜〜 えへ うま〜〜い〜〜〜 」
ジョーも ぱくぱく食べている。
「 おいしわあ〜〜〜 ね ジョー なにかいいこと、あった? 」
「 ・・・ あ わかる? 」
「 ええ。 と〜〜ってもいい顔してるもの。 ねえ 博士。 」
「 そうじゃなあ 」
「 えへ ・・・ あ 博士、報告します。
バイト先で 来年、契約社員にならないかって 誘ってもらいました。 」
「 おお それは ・・・ やったな、ジョー。 」
「 わあ〜〜〜 すごいじゃない ジョー〜〜〜 」
「 ・・・ なんかびっくりしちゃって でも すごく嬉しいんだ。 」
「 じゃ 就職するの? 出版社に 」
「 う・・・ん ・・・ まだ 考え中。 バイトはちゃんと続けるよ。 」
「 そうね よく考えて決めないとね 」
「 ん。 来年って提示してもらったし・・・
あ それまでに、大検通るからね ぼく。 」
「 大検 パスしたら 進学? 」
「 う〜〜ん それもちょっと考え中デス。 」
「 ジョー しっかり悩むといい。 君の人生じゃ。 」
「 はい。 フラン〜〜 公演のリハーサル どう?
ウマくいってる? 」
「 ・・・ 悩み中〜〜〜〜 あ でもね 気分的には
ちょこっと 先が見えてきた って感じなの。 」
「 お よかったじゃん 」
「 うふ・・・ 一緒に レ・シルのソロをやる先輩と おしゃべりして
お互い やるっきゃないわね って 」
「 ふうん 空気の精 だよね 楽しみにしてる! 」
「 ありがと ジョー。 わたし ・・・ 頑張る〜〜
うふふ この たこやき みたく愉快にね 」
「 タコヤキ?? タコヤキの空気の精?? 」
「 そ。 たこやき よ〜〜〜 ふふふ ・・・
美味しくて 楽しい 空気の精 を踊りマス 」
― ぱくり。
彼女は 最後の一個を口に放り込み に〜〜んまり 笑った。
― さて いよいよ公演の当日。
ガヤガヤ ガヤ ・・・・
客席は華やかな雰囲気で 溢れかえっている。
そんなに広くはないホールは ほぼ満席だ。
カタン。 ジョーは素早く座席に滑り込んだ。
「 楽屋に届けてきました。 」
「 おう ご苦労さん。 ・・・ 緊張しておったか? 」
「 いいえ なんか楽しそうでしたよ?
ピンクの薔薇の花束 すご〜〜く喜んでくれました 」
「 お そうか そうか よかったなあ 」
「 ええ なんかとても似合ってた・・・ あ そろそろ始まりますね 」
「 うむ 」
り〜〜んご〜〜〜ん 開演の鐘が鳴った
ざわざわ −−−− 客席が埋まり、す〜〜っと騒めきが止んでゆく。
緞帳が上がり アナウンスが入る。
そして 前奏が始まった ・・・・ ♪
ごくり。 ジョーは客席で手を握りしめ身体を固くした。
軽やかな前奏とともに ゆっくりと幕があがり ― 月夜の森が現れた。
♪♪♪ 〜〜〜〜 ♪♪ 〜〜〜
中央でポーズをしていた ソリスト と < 詩人 > は
ゆったりと袖に掃けてゆき ―
ショパンのノクターンに乗って コールド達がばっちり揃った踊りを見せる。
わお すげ〜〜〜 皆 同じだあ〜〜
ジョーは ひたすら感心している。
曲調が替り ― ♪♪♪ ♪♪♪ 〜〜〜〜
ワルツの音とともに フランソワーズが 軽やかに踊りはじめた。
・・・ わ あぁ ・・・ フラン ・・・
! 軽いなあ 〜〜〜
ふふふ ・・・ なんか 楽しそうだなあ 〜〜
かっわいい〜〜〜〜
あ は? なんか・・・ 後ろに 青空が見えるよ?
ジョーは もうフランソワーズの笑顔しか 目に入っていない。
あ ああ ああ〜〜〜 もう 終わり?
ああ 〜〜〜 もっと 見てたいのになあ〜〜〜
スカイ・ブルーの空気の精 は 笑顔を残し引っ込んでいった。
元気に撥ねっぱなしのマズルカ そして 自分の世界に没入しちゃったみたいな
プレリュード ・・・ 最後は 詩人と共にソリストたちが
軽やかに舞い 月夜の森の饗宴は幕となった。
パチパチパチ〜〜〜〜〜〜 わあ〜〜〜〜
客席は拍手の海。
「 うむ うむ 楽しい作品じゃのう〜〜〜 」
「 はい! ああ よかったなあ〜〜 」
「 フランソワーズ 楽しそうじゃったな 」
「 ええ! 他の方もいいですね この作品・・・・
なんか 面白いな 」
「 ほう? どう面白かったのかな 」
「 え ・・・ なんていうか〜〜 白一色の衣装だけど ・・・
なんかカラーが見えたなあ〜 って思って。 」
「 カラー? 色 かい 」
「 はい。 マズルカのヒトは ピンクかな〜 プレリュードのヒト、
面白いですね ラメラメのグラデーション・・・
フランソワーズは 青空、 スカイ・ブル〜 が見えた ・・・ 」
「 ほう ・・・ ジョー お前さん なかなか詩人だな? 」
「 え そ そんなこと ないですよぉ〜
だって なんかみんな 色、見えましたもん。 」
「 色か。 雰囲気はそれぞれ違っていたな。
これは企画としても大層面白いなあ さすがあのマダムじゃわい。 」
「 ええ ・・・ うん ・・・ そうなんだ・・・
フランの後ろに 空が ・・・ 風が 見えたんだ ・・・ 」
フランソワーズの舞台から ジョーは なにかを掴んだ風にみえた。
「 わ〜〜〜〜 終わったぁ〜〜〜〜 」
「 あは メグミ〜〜 やったね〜〜 フランソワーズ かわい〜〜 」
「 うふふ リエさんこそ! メグミさん 素敵 」
踊り終わった 空気の精達 は 楽屋で笑顔爆発、
がっちり抱き合っていた。
「 うふふ〜〜 フランソワーズ〜〜 見たわよぉ〜
素敵な彼氏だね〜〜 」
「 え ・・・ あ ・・・ 」
「 そ〜そ〜 ピンクの薔薇♪ いいなあ〜〜 」
「 え え ・・・あの その〜〜 」
真っ赤になった彼女を囲んで 笑いが弾けていた。
この舞台で 皆 なにか を掴んでいた。
― 翌年。
島村クンは無事大検をパスし 例の出版社・編集部の
契約社員 となった。
「 大学はどうする? 進学してよいのだよ 」
「 はい。 せっかくのチャンスなんで 一年、働きます。 」
「 ジョー。 学費はすべてワシが出す。 心配するな 」
博士は ぽん、とジョーの肩に手を乗せる。
「 ありがとうございます、 博士。
ぼく ・・・ ぼくの風 を 追いかけてみたなあ〜って思ってて 」
「 風 か 」
「 はい。 そしてじっくり考えます。 でもきっと進学します。 」
「 そうか。 がんばれ。 」
「 はい! 」
博士は ジョーとしっかりと握手を交わした。
ふふふ ・・・ なんだか急に大人びてきたのう ・・・
まあ 頑張れ 頑張れ。
お前の 想い人 に相応しいオトコになれよ
博士は < 末っ子 > に 温かい眼差しを注いでいる。
さて ジョーは 仕事やれ勉学やら 忙しい中、休みの日にはカメラを抱え
近所を歩きまわっていた。
彼の < 風 > を ずっと追っていたのだ。
膨大な習作の中から 気に入ったものを数枚、編集部に持ち込んだ。
その中の一枚 ・・・
峠。 草地から見下ろす。 頭上は水色の空
誰もいない わずかに草が揺れている
「 ・・・ そこには 風が吹いているだけ か。
ふうん いいね 島ちゃん。 これ いいよ〜〜〜 」
編集部長のスズキ氏に えらく気に入ってもらえた。
「 あ そうですか! 」
「 うん ・・・ いいよ これ〜〜 ちょっと預かっていいかな 」
「 はい! 」
その写真は 目次の後ろのグラビアに採用になり 雑誌に載った。
ジョーはとても満足だった。
あまり目立つところではないが 彼は滅茶苦茶に嬉しかったのだ。
えへへ・・・ やったあ〜〜
誰も気が付かないだろうけど ぼくは最高♪
ひそかに にんまりしていたのだが・・・
ある年齢以上の読者から投書や感想が殺到した。
風 ですね!
ただ吹いているだけ〜〜 ♪ ああ 懐かしい
こんな風景 ホントにあるんですね
J・シマムラさん・・って 同年代なのかなあ〜〜
「 ・・・? 」
「 お〜〜 やっぱりなあ〜〜 」
ジョー自身はきょとん、としていたが
編集部長は に〜〜んまり ・・・ ほくそ笑んでいた。
島村ジョー君 は 平成育ち ― かの昭和のヒット・フォークソングを
知るわけは なかったのである。
************************* Fin.
************************
Last updated : 09,17,2019.
back
/ index
************* ひと言 ***********
『 レ・シルフィード 』 は かな〜〜り大変な踊りなのです〜〜
難しいテクニックはないけど それだけに ね☆
ジョーくんも 頑張れにゃあ〜〜〜 (*^^)v