『  風  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

   ガタガタ ・・・ ガヤガヤ 〜〜〜

 

   お弁当、 買いにゆきま〜す〜〜  

   あ 頼むぅ〜〜  俺も 俺も〜〜

 

一日中賑やかな編集部の昼休みは ことさら騒々しい。

アルバイトのジョーも 仕出し屋さんが運んできてくれたお弁当のケースを

ひとまとめにして 片していた。

 

「 どう 写真修業? 」

「 あ  アンドウ チーフ・・・ えへ なんとか ・・・ 」

チーフ女史 が お茶を淹れに給湯室にやってきた。

「 カメラ・スクール 面白いかな 

「 はい! ものすご〜〜く !  手動カメラつかって実習して

 現像とかもやってます 」

「 へえ〜〜 よかったじゃん?  なにか撮った? 」

「 え はい 練習で沢山・・・ 全部は現像しませんけど 」

「 そりゃま ね  現像したやつ、 見せてくれる? 」

「 あ ・・・ 上手くないっすけど 」

「 いい いい  島ちゃんの作品 みたい〜〜 

 どんな風なの、撮るのかな〜〜  

「 えへ それじゃ これ・・・ えへへ 自分的には気に入ってて 」

「 ・・・ ふうん? 」

ジョーが こそ・・・っと出した写真を チーフ女史はしげしげと眺め

 

   目的不明  と 評したのだった。

 

「 ・・・ 」

「 カメラ・ワーク 上手くなったね〜〜

 ま 次は  君自身の目線 を決めることだわさ。 」

「 ぼくの 目線 ・・? 」

「 そ。  島ちゃんだけの 島ちゃん独自の見方 ってことかな 」

「 独自の目線  ・・・ 」

「 ま カワイイけどね〜〜 これ。 あのカノジョでしょ? 」

「 あ は  ええ ・・・ 」 

「 ちゃんと オツキアイ してる? 」

「 ・・・ えっと〜〜〜 まだ そのう・・・ 

 カノジョ・予定 ・・・  で ・・・ 」

「 あは? ま〜〜 頑張ってくれたまえ〜〜 青少年〜

 あ 午後ね 編集会議だから。 飲み物たのむ 」

「 あ 麦茶とウーロン茶、冷えてます。 熱いのも、いります? 」

「 お〜〜〜 サンキュ。 いや 冷たいのだけでいいよ。

 編集長はマイ・ボトルのヒトだしね 

「 はい。 一応グラスはだします 」

「 頼むね〜〜 さっすが☆ 若いのにさ〜 気がきくよね〜 」

「 あは ・・・ あ 準備開始します。 」

「 よろしく〜〜〜  」

ジョーは 給湯室にある冷蔵庫の中を確認し始めた。

 

「 ふん ・・・いいコだねえ 」

「 あ 編集長〜〜 」

アンドウ女史の後ろに のそり、とクマさんみたいな中年が現れた。

「 チーフ?  あのコ・・・ ウチに来てくれないかね 

「 島ちゃんですか? あ〜〜 どうかな〜〜

 なんかやりたいコト とかあるかもしれないし 」

「 雑用係にしとくの、勿体ないぞ。  俺のカンだけど

 あのコは なんか面白い感覚を持っていそうだ なあ 

「 面白い感覚  ・・・?  

「 ああ。  鍛えれば いい編集者になるかも だな 

「 ふ〜ん ・・・ 鍛え甲斐がある かも? 」

「 ん〜  なんかコチンとした芯を持ってるな 彼。 

「 そうですねえ  ただの優しいコだけじゃないっぽい。

 すっご〜〜く美人のカノジョ いや カノジョにしたいコがいるみたいで 」

「 ふ〜〜〜ん  いいじゃないか〜 」

「 総務の補佐以外のことも やってもらってますよ 」

「 うん うん ・・・ この仕事に興味もってくれないかなあ 」

「 まんざらでもないっぽいかな  ちょっと押してみます 」

「 あ〜 頼むよ ウチもちょいと新しい風が欲しいしね 」

「 ですね ・・・ あ 午後からの会議〜〜

 ちゃんと起きててくださいよ 部長〜〜 」

「 あ は ・・・  」

 

「 アンドウ・チーフ、 飲み物の準備 オッケーですよ 

 あ 編集長さん 

「 おう シマムラくん〜 準備 ご苦労さん 」

「 あは 冷たいグラスも 用意してますよ〜 」

「 お 気が利くねえ 〜 」

「 あ 会議室、見てきます〜 」

ジョーは ぱたぱた階段を降りていった。

 

「 ウン 気に入った 」

「 ですね 」

 

編集長とチーフは にんまり〜〜 顔を見合わせるのだった。

 

 

  カチャ ・・・ キュ。

 

ジョーは 布巾を手に会議室を見回した。

「 ・・・ 準備完了〜っと。  あとは飲み物を運ぶだけだな 」

 

     目的 かあ 〜〜 ・・・

 

こそっとポケットから写真を取りだし、改めて眺める。

 

     う〜〜ん ・・ 独自の目線 ・・・か。

     一応 外に発表するの、目指してるから

     自分だけの世界 じゃ 意味ないしなあ〜

   

     ・・・ う〜〜〜ん ・・・

 

「 ・・・ なにを撮りたいか いや なにを発表したいか だな 

 フランの空気の精 ・・・ 空気 を 撮ってみたいんだけど 」

ジョーは 会議室の窓から都会に空を眺めた。

 

     ふうん ・・・?

     この辺りの空は ウチの方とは色が違うんだな

 

     ・・・ 色 かあ ・・・ 

     空気の 色 ・・?

 

「 ・・・ いい  かも ・・・ 」

 

  ガチャリ。  会議室のドアが開いた。

「 お〜〜 島ちゃん、ご苦労さん。  ミーティング 始めるよ 」

パタパタ ガタガタ  編集部員たちが集まってきた。

「 はい。 今 飲み物、運びます。 」

ジョーは た・・・っと給湯室へ飛んでいった。

 

 

 

 ― さて 同じ頃。  バレエ団のスタジオでは

 

 

     ♪♪♪ 〜〜〜  ♪♪♪ 〜〜〜^

 

ワルツの音色にのって < 空気の精 > が 踊る。

 

    空気の精 なのよ ・・・ 軽く かるく ・・・

 

    ワルツ なのよ ・・・ 三拍子 三拍子 ・・・

 

    わたし 陽気な 食いしん坊の 空気の精〜〜

 

ニコニコ・・・ 笑顔が弾けている。

 

「 ・・・? 」

マダムも アシスタントの先輩も ちょっと怪訝な顔をした。

 

   〜〜〜〜  ♪   

 

最後の音で ダンサーはさっと ラストのポーズを決めた。

 

「 ・・・・ 

「 ふうん  この前よりは 軽やかになったわ ・・・ がんばったわね。

 でも まあだ 空気 じゃないなあ 〜 」

「 ・・・ は はい ・・・ 」

「 なんかねえ う〜〜ん霜とか 霰 みたい。 わかる? 霜って 

「 は はい ・・・ 」

「 固いな〜  空気よ 空気〜〜〜 かる〜いの  ほわ〜〜んって。

 あ ねえ なんか笑顔だったけど ? 」

「 あ あのぅ〜〜  わたしっぽい空気の精 にしたくて 」

「 え  あはは そうなの? 

 なんで笑ってるのかな〜〜って 不思議に思ったわ。

 ふ〜〜ん ・・・ まあ もうちょっと考えてみてね 

「 は はい ・・・ 」

「 あ それから! 余計なこと、しな〜〜い。 一歩でも余計な振りは

 だめよ、 決まった振りの中で その中だけで

 貴女自身を表現するの。  創作じゃないんだから。 」

「 は はい ・・・ 

「 それから ピルエット〜〜  三拍子! 

 なんかまだちょっと力尽くよ? ふわん ふわ〜〜〜んと

 ダブルで続けてごらん 」

「 ふ ふわ〜〜ん ・・・? 」

「 この踊りの中でのピルエットなの。 普通に回れるのはわかってます。

 でもね  レ・シルフィード として 回って。 」

「 は はい・・・ 」

「 ま  頑張ったわね、 金属脱出かな 」

「 ・・・ そ そうですか 

「 あはは でもね〜〜 まだ 空気の精 じゃないな  」

「 ・・・ すいません ・・・ 」

「 他のシルフィードたち、 リエもメグミも苦戦してるわよ

 フランソワーズも頑張って  ふふふ 期待してるわ 

「 は はい ・・・ ありがとうございました 」

「 はい お疲れ様〜〜 

またも落ち込んでいるフランソワーズを置いて マダムは

上機嫌で スタジオを出ていった。

 

     は  あ ・・・・

 

「 そんなに気にしない〜〜 」

ミストレスを務めてくれた先輩が ぽん、と肩を叩いてくれた。

「 サユリ先輩 ・・・ 」

「 あなた、どんどん変わってゆくのね〜〜 

「 え そ そうですか? 」

「 うん。 ちょっとびっくり。 でもね 私も 

 すごく楽しみ〜〜  どんな レ・シル にあるのかなあ〜って 」

「 でも ・・・ 全然 らしくない って 」

「 そんな意味じゃないのよ、 マダムが言いたいのは・・・ 

 ちゃんとね 金属から霜 になったじゃない?

 もう無機物じゃないってことよ 

「 ・・・ あ ・・・ 」

「 笑顔のレ・シル も可愛いかもね〜〜 」

「 ・・・ へ ヘンですか 」

「 んん〜〜ん ・・・あなたに その理由があるなら

 マダムは おっけ〜 出すと思うわよ 」

「 は はい・・・ 

「 がんばってね  フランソワーズの レ・シル、可愛いわ〜 

先輩は に〜んまり笑ってかえっていった。

「 ありがとうございます  」

 

    ふう 〜〜〜  ・・・・

    ちょこっと前進 ・・・かあ ・・・

  

    う〜〜ん・・・ カワイイって。 

    わたしの目指すトコとは ちょっと違うなあ 

 

ため息をつき、 ― でも今日は泣かないで ― フランソワーズは

更衣室に向かった。

 

  ザ −−−−    シャワーの音がする。

 

「 ・・・ 誰か自習してたのかなあ  ・・・ 」

汗ではりつくレオタードを脱ぎ捨てた。

 

   ガタ ・・・  シャワー・ブース が開いた。

 

「 ふう〜〜  ・・・ あ フランソワーズ 」

「 ?  あ リエさん 」

「 あは リハ 終わったんだ? 」

「 はい。 リエさん ・・・? 自習? 

「 そ!  ねえ 上手くいってる リハ?  どう? 

「 ・・ も〜〜 けちょんけちょんです ・・・ 」

「 え〜〜 フランソワーズでも? 」

「 そ〜ですよぉ 空気の精 にはとお〜〜いみたい ・・・ 」

「 私もよ もう 毎回 ぐだぐだ・・・ 」

リエは マズルカ を踊る。

ジャンプが多くて かなり大変な踊りなのだ。

「 リエさん 得意だと思うんですけど ・・・ 」

「 うう〜〜ん  マダムがさあ  空気の精 じゃなくて

 バッタみたい・・・って  あ〜〜〜 もう〜〜〜 

「 ば ばった??  ・・・ あの 虫の? 」

「 そうよぉ〜〜 張り切って跳んだのに ・・・

 でもいいんだ〜 私、 陽気な レ・シル 目指す! 」

「 あ いいかも〜〜 リエさんらしい 」

「 でしょ? フランソワーズ あなたは?? 」

「 ・・・ う〜ん ・・・ そうだ!

 お茶目さん めざそうかな ・・・ 

「 あ〜〜 それ いいかも〜〜 ぴったり♪ 」

「 あの ずっと自習してたんですか? 」

「 そ。 も〜〜さ〜〜 やるっきゃないって。 

「 あ それで 陽気な空気の精? 」

「 そ〜よ〜〜  メグミもさ〜〜 苦戦してるわ 」

「 メグミさん プレリュード ですよね〜〜〜

 あれって 演技力 いりますよね 

「 そ〜よ〜〜ってか かな〜〜り思い込みが激しくないと

 < なりきる > のがムズカシイかもね 」

「 そうですよね〜〜  メグミさんって ばりばり難しいテクの踊り 

 こなす方だもの。 」

「 そ〜そ〜 超絶技巧 みたいの、好きなのよね〜 彼女。

 タンバリン・エスメ とか 黒鳥とか 

「 すご〜〜い〜〜〜  」

「 『 レ・シル 』 は 真逆だあ〜〜ってぼやいてたわ。 」

「 メグミさんが? 」

「 そ。 なんか〜〜 今回の 『 レ・シル 』 は み〜〜んな

 大苦戦って感じかもね 」

「 ・・・ 」

「 ま 悩んだってしょうがないもん、 やる! なんとかこなすわ〜〜 」

リエは ぼすん、と脱いだ衣類を袋に突っ込んだ。

「 そ そうですよね  やるっきゃない かあ 

「 合同リハまで あとちょっとね〜 がんばろ フランソワーズちゃん☆ 」

「 はい そっか チーム戦 ですよね 」

「 そうよ〜〜 女子3 + 男子1 の レ・シル・チーム 

「 あ っは。 ・・・ わたし  やるわ! 」

「 おう がんばろ〜 」

「 はい 」

髪びしょくた女子 と 汗びたびた女子 は がっちり握手をした。

 

    チーム戦・・・!

    フラン、 あんた 大得意じゃないの〜〜

 

    ひとり じゃないのよ!

 

    お茶目な空気の精 ・・・ やってやろうじゃないの

 

 ふんふんふ〜〜〜ん♪  ハナウタで ショパンのノクターンを歌いつつ

フランソワーズは シャワ〜〜〜〜〜〜 するのだった。

 

 

 

 

「 た だいま〜〜〜 ね〜〜 タコ焼き 買ってきたよ〜〜 」

「 お帰りなさ〜い きゃ〜〜 なに なに?? なんかいい匂いよ? 」

フランソワーズはジョーの声に 玄関に飛んでいったが 

すぐにハナをくんくん〜〜 させた。

「 たこやき♪ 美味しいんだよ〜〜 」

「 いい匂い〜〜  これはソースの匂いかしら  」

「 あたり〜〜 もう一回 温めるね〜〜 

 あ キッチンに持っててくれる? 頼む〜 」

「 了解♪  きゃ まん丸?? 」

「 そうだよん  大急ぎで手、洗ってくるね 」

「 ええ。 これ ・・・ チン する? 」

「 あ ぼく やる。 博士呼んどいて〜〜  」

「 了解〜〜〜 お茶、いれるわ、日本茶かな〜  博士〜〜〜

 お茶にしましょ〜〜〜〜 」

ジョーは バス・ルームに、フランソワーズは キッチンに飛んでいった。

 

「 ほう〜〜 これがタコ焼きか 」

「 そうなんです。 熱々のうちに こう〜〜カツオ節とソースかけて・・・ 」

「 きゃ♪ ねえ まん丸だからタコ焼き なの? 」

「 え ・・・? あ この中にさ タコが入っているんだ 」

「 たこ・・・? 」

「 フランソワーズ。 オクトパスの方じゃよ、カイトではなくて ・・

 お ウマいなあ〜〜〜 」

博士が 熱々を頬張りつつ助け船をだしてくれた。

「 え ・・・ あの 海に居るぐねぐね〜〜〜の タコ ・・・? 」

「 そ。 あれを茹でたぶつ切りが入ってる ・・・ はず! 」

「 ・・・ 食べられる かなあ ・・・ 」

「 あは ほんの一欠片くらいだから 平気へいき〜〜〜

 ほら 熱いうちに どぞ〜〜   

「 ・・・ は はい ・・・ ! 」

フランソワーズは 目を閉じて、 一個 ぽい、と口に放りこんだ。

「 ど? 」

「 ・・・ おいし〜〜〜〜  このソースの味、いいわあ〜〜 」

「 あ よかった♪ 」

「 ふむ ふむ ・・・ こりゃ ネギと紅ショウガの絶妙なコンビネーション

 だなあ  タコ・・・ タコは ・・・ あったぞ 

「 わたし、タコがなくてもいいわ。 はふ はふ ・・・美味しい〜 」

「 おいし〜よね〜〜  駅前商店街で売っててさ ・・・

 思わず買ってきちゃった。 バスの中で 他のお客さん達に

 くんくん〜〜 されちゃったけど 

「 うふふ・・・ みんなこの匂い、好きなのね  」

「 食欲をそそるもんね〜〜  えへ  うま〜〜い〜〜〜 」

ジョーも ぱくぱく食べている。

「 おいしわあ〜〜〜   ね ジョー なにかいいこと、あった? 」

「 ・・・ あ わかる? 」

「 ええ。 と〜〜ってもいい顔してるもの。 ねえ 博士。 」

「 そうじゃなあ  」

「 えへ ・・・ あ 博士、報告します。

 バイト先で 来年、契約社員にならないかって 誘ってもらいました。

「 おお それは ・・・ やったな、ジョー。 

「 わあ〜〜〜 すごいじゃない ジョー〜〜〜 」

「 ・・・ なんかびっくりしちゃって  でも すごく嬉しいんだ。 」

「 じゃ 就職するの? 出版社に 

「 う・・・ん ・・・ まだ 考え中。 バイトはちゃんと続けるよ。 」

「 そうね よく考えて決めないとね 」

「 ん。 来年って提示してもらったし・・・

 あ それまでに、大検通るからね ぼく。 」

「 大検 パスしたら 進学? 」

「 う〜〜ん それもちょっと考え中デス。 」

「 ジョー  しっかり悩むといい。 君の人生じゃ。 」

「 はい。  フラン〜〜  公演のリハーサル どう?

 ウマくいってる? 

「 ・・・ 悩み中〜〜〜〜   あ でもね 気分的には

 ちょこっと 先が見えてきた って感じなの。

「 お よかったじゃん 」

「 うふ・・・ 一緒に レ・シルのソロをやる先輩と おしゃべりして

 お互い やるっきゃないわね って 

「 ふうん  空気の精 だよね  楽しみにしてる! 

「 ありがと ジョー。 わたし ・・・ 頑張る〜〜

 うふふ  この たこやき みたく愉快にね 

「 タコヤキ?? タコヤキの空気の精??  」

「 そ。 たこやき よ〜〜〜  ふふふ ・・・ 

 美味しくて 楽しい 空気の精 を踊りマス 」

 

    ― ぱくり。  

 

彼女は 最後の一個を口に放り込み に〜〜んまり 笑った。

 

 

 

  ―  さて いよいよ公演の当日。

 

 

   ガヤガヤ ガヤ ・・・・  

 

客席は華やかな雰囲気で 溢れかえっている。

そんなに広くはないホールは ほぼ満席だ。

 

  カタン。  ジョーは素早く座席に滑り込んだ。

 

「 楽屋に届けてきました。 」

「 おう ご苦労さん。 ・・・ 緊張しておったか? 」

「 いいえ なんか楽しそうでしたよ?

 ピンクの薔薇の花束 すご〜〜く喜んでくれました 

「 お そうか そうか よかったなあ 」

「 ええ なんかとても似合ってた・・・ あ そろそろ始まりますね 」

「 うむ  」

 

  り〜〜んご〜〜〜ん   開演の鐘が鳴った

 

ざわざわ −−−−  客席が埋まり、す〜〜っと騒めきが止んでゆく。

緞帳が上がり アナウンスが入る。

 

 そして 前奏が始まった ・・・・ ♪

 

   ごくり。  ジョーは客席で手を握りしめ身体を固くした。

 

軽やかな前奏とともに ゆっくりと幕があがり ― 月夜の森が現れた。

 

  ♪♪♪ 〜〜〜〜  ♪♪ 〜〜〜

 

中央でポーズをしていた ソリスト と < 詩人 > は

ゆったりと袖に掃けてゆき ― 

ショパンのノクターンに乗って コールド達がばっちり揃った踊りを見せる。

 

    わお すげ〜〜〜 皆 同じだあ〜〜

 

ジョーは ひたすら感心している。

 

 曲調が替り  ―  ♪♪♪ ♪♪♪ 〜〜〜〜

ワルツの音とともに フランソワーズが 軽やかに踊りはじめた。

 

   ・・・ わ  あぁ ・・・  フラン ・・・

    !  軽いなあ 〜〜〜  

 

   ふふふ ・・・ なんか 楽しそうだなあ 〜〜

 

   かっわいい〜〜〜〜 

 

   あ は?  なんか・・・ 後ろに 青空が見えるよ?

 

ジョーは もうフランソワーズの笑顔しか 目に入っていない。

 

   あ  ああ ああ〜〜〜  もう 終わり?

   ああ 〜〜〜  もっと 見てたいのになあ〜〜〜

 

スカイ・ブルーの空気の精 は 笑顔を残し引っ込んでいった。

 

元気に撥ねっぱなしのマズルカ そして 自分の世界に没入しちゃったみたいな

プレリュード ・・・ 最後は 詩人と共にソリストたちが

軽やかに舞い 月夜の森の饗宴は幕となった。

 

  パチパチパチ〜〜〜〜〜〜  わあ〜〜〜〜

 

客席は拍手の海。

「 うむ うむ 楽しい作品じゃのう〜〜〜 」

「 はい!  ああ  よかったなあ〜〜 」

「 フランソワーズ 楽しそうじゃったな 」

「 ええ!  他の方もいいですね  この作品・・・・

 なんか 面白いな 」

「 ほう?  どう面白かったのかな 」

「 え ・・・ なんていうか〜〜 白一色の衣装だけど ・・・

 なんかカラーが見えたなあ〜 って思って。 」

「 カラー?  色 かい 」

「 はい。 マズルカのヒトは ピンクかな〜 プレリュードのヒト、

 面白いですね ラメラメのグラデーション・・・

 フランソワーズは 青空、 スカイ・ブル〜 が見えた ・・・ 」

「 ほう ・・・ ジョー お前さん なかなか詩人だな? 」

「 え そ そんなこと ないですよぉ〜

 だって なんかみんな 色、見えましたもん。 」

「 色か。 雰囲気はそれぞれ違っていたな。 

 これは企画としても大層面白いなあ  さすがあのマダムじゃわい。 」

「 ええ ・・・ うん ・・・ そうなんだ・・・

 フランの後ろに 空が ・・・ 風が 見えたんだ ・・・ 」

 

フランソワーズの舞台から ジョーは なにかを掴んだ風にみえた。

 

 

「 わ〜〜〜〜 終わったぁ〜〜〜〜 

「 あは メグミ〜〜 やったね〜〜 フランソワーズ かわい〜〜 」

「 うふふ リエさんこそ! メグミさん 素敵 」

 

踊り終わった 空気の精達 は 楽屋で笑顔爆発、

がっちり抱き合っていた。

 

「 うふふ〜〜 フランソワーズ〜〜 見たわよぉ〜

 素敵な彼氏だね〜〜 」

「 え ・・・ あ ・・・ 」

「 そ〜そ〜 ピンクの薔薇♪ いいなあ〜〜 」

「 え え ・・・あの その〜〜 」

 

真っ赤になった彼女を囲んで 笑いが弾けていた。

この舞台で 皆 なにか を掴んでいた。 

 

 

 

 ―  翌年。 

 

島村クンは無事大検をパスし 例の出版社・編集部の

契約社員 となった。

 

「 大学はどうする? 進学してよいのだよ 」

「 はい。 せっかくのチャンスなんで 一年、働きます。 」

「 ジョー。 学費はすべてワシが出す。 心配するな 」

博士は ぽん、とジョーの肩に手を乗せる。

「 ありがとうございます、 博士。

 ぼく ・・・ ぼくの風 を 追いかけてみたなあ〜って思ってて 」

「 風 か 」

「 はい。 そしてじっくり考えます。 でもきっと進学します。 」

「 そうか。 がんばれ。 」

「 はい! 」

博士は ジョーとしっかりと握手を交わした。

 

   ふふふ ・・・ なんだか急に大人びてきたのう ・・・

   まあ 頑張れ 頑張れ。

 

   お前の 想い人 に相応しいオトコになれよ 

 

博士は < 末っ子 > に 温かい眼差しを注いでいる。

 

 

さて ジョーは 仕事やれ勉学やら 忙しい中、休みの日にはカメラを抱え

近所を歩きまわっていた。

彼の < 風 > を ずっと追っていたのだ。

膨大な習作の中から 気に入ったものを数枚、編集部に持ち込んだ。

その中の一枚 ・・・

 

   峠。 草地から見下ろす。  頭上は水色の空 

   誰もいない  わずかに草が揺れている

 

「 ・・・ そこには 風が吹いているだけ か。

 ふうん いいね 島ちゃん。 これ いいよ〜〜〜 

編集部長のスズキ氏に えらく気に入ってもらえた。

「 あ そうですか! 」

「 うん ・・・ いいよ これ〜〜 ちょっと預かっていいかな 

「 はい! 」

その写真は 目次の後ろのグラビアに採用になり 雑誌に載った。

ジョーはとても満足だった。

あまり目立つところではないが 彼は滅茶苦茶に嬉しかったのだ。

 

   えへへ・・・ やったあ〜〜

   誰も気が付かないだろうけど ぼくは最高♪

 

ひそかに にんまりしていたのだが・・・

ある年齢以上の読者から投書や感想が殺到した。

 

   風 ですね!

   ただ吹いているだけ〜〜 ♪  ああ 懐かしい

   こんな風景 ホントにあるんですね

   J・シマムラさん・・って 同年代なのかなあ〜〜

 

「 ・・・? 」

「 お〜〜 やっぱりなあ〜〜 」

ジョー自身はきょとん、としていたが

編集部長は に〜〜んまり ・・・ ほくそ笑んでいた。

 

島村ジョー君 は 平成育ち ― かの昭和のヒット・フォークソングを

知るわけは なかったのである。

 

 

*************************      Fin.      ************************

Last updated : 09,17,2019.                back     /     index

 

 

*************   ひと言   ***********

『 レ・シルフィード 』 は かな〜〜り大変な踊りなのです〜〜

難しいテクニックはないけど それだけに ね☆

ジョーくんも 頑張れにゃあ〜〜〜  (*^^)v